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ノンバイナリーの僕が、カミングアウトをするときの気持ちや、カミングアウトについて思うことを書きます。
カミングアウトとは?
カミングアウトの説明
そもそもカミングアウトとは何なのか、簡単に説明します。
カミングアウトとは、これまで隠していたことを人に打ち明けることをいいます。
特にLGBTQに関連する文脈では、セクシュアリティを打ち明けることを指します。
すっごく雑に言うと、
「これまで言ってなかったけど、自分は”割り当てられた性と性自認が一致する異性愛者”ではなくて、こういうセクシュアリティなんです」と人に伝えるってことです。
用語について詳しく知りたい方はこちら↓
カミングアウトには覚悟がいる
カミングアウトは、多くの場合、簡単にできるものではありません。
安心できる結果になるとは限らないからです。
カミングアウトをする人が望んでいることは、少なくとも、相手との関係が悪化することではないはずです。
でも、相手の知識不足や偏見によってすごく傷つくことを言われるかもしれないし、過剰に気を遣われて気まずくなるかもしれないし、それまで構築してきた相手との関係が大きく崩れていくこともあります。
少しでも楽に生きていくために伝えたとしても、逆効果になる可能性があるのです。
そして、カミングアウトをされる側にとっては、大抵の場合突然のことです。
驚くかもしれないし動揺するかもしれません。
言っていることの意味が分からないと思うかもしれませんし、カミングアウトをした人に対して、攻撃的な言葉や存在を否定するような言葉をぶつけてしまうこともあるのかもしれません。
ある意味、驚いたときや、理解が出来ないもの・知らないものに直面した時の人間の反応としては、自然なのでしょう。
だからカミングアウトは、相当の勇気と覚悟を持ってする人が多いのです。
僕がカミングアウトをするとき
心の準備
基本的に、人に初めて自分のセクシュアリティを話すときは、相手に縁を切られるくらいの覚悟でします。
相手のことをよく観察して、
この人なら知識もある程度ありそうだし、人間は多様であるということを理解していそうだし、言っても大丈夫かなと思ったとしても、実際に言ったときにうまくいくかは分かりません。
だから、傷つくことを言われる想像をして、もう一生会わなくなるかもしれないと考えて、
それでもうまくいく可能性に賭けたいと思ったら、しばらく迷って悩んで、やっと勇気を出して言う、ということをします。
別に、相手のことを疑いたいわけでも、相手がひどいことを言う人間だと思っているわけでもありませんし、そもそも嫌なことを言ってくる姿が容易に想像できる相手にはカミングアウトをしようと思いません。
この人になら伝わりそうだと思うからカミングアウトをするわけですが、失敗する可能性をちゃんと考慮しておかないと、その時にとてつもないショックを受けると思うので、事前に頭の中でシミュレーションをしておくのです。
伝え方の工夫
そしてカミングアウトをするときには、わざと明るく話すようにします。
これは保険です。話し始めた瞬間に嫌な予感がしたら、そのまま同じトーンで話題を変えることができます。
また、無事に話し切った場合は、真剣な話だと思ってもらえないリスクは多少ありますが、過剰に気を遣われて腫れ物扱いされることを防げます。
本当はそんな元気に話せる内容でもないですが、話し方の工夫は、自分の心を守るための大事な手段です。
カミングアウトの理由
カミングアウトをする理由は、相手によって多少違いますが、大体こちらの記事に書いてあるような理由であることが多いです。↓
なお親へのカミングアウトは、手紙を書いたり真面目なトーンで正座で話したりしていますが、
それはなぜかというと、ちょっと特殊な状況で、急ぐことと真剣に伝えることを重視していたからです。
カミングアウトについて思うこと
「そうなんだ」で終わってほしい
カミングアウトをしたとき、僕が一番ほっとするであろう相手の反応は、
特に驚かず「へえ、そうなんだ」です。
そのうえで、何か分からないことは正直に聞いてほしいとも思います。
逆に、大げさに(たぶん本人はそのつもりはないんでしょうけど)驚かれたり、
言った瞬間に腫れ物扱いをされたり、なぜか過剰に肯定されたり、
そもそも言っていることの意味が伝わらなかったりすると、
虚しいような悲しいような気持ちになって、言わない方が良かったかな、と思うことがあります。
カミングアウトは一回では終わらない
最初の反応が「へえ」で終わって、良かったなと思っても、
自分の言ったことがすべて伝わっていることはありません。
言ったことの20%伝われば満足なのか、70%伝えたいのかにもよりますが、
後者に近い場合は特に、一回の説明では足りません。
自分の認識と相手の認識には必ずズレがあります。
ズレの程度の確認のためにも、分からないことは聞いてほしいと思うし、
伝わるまで何回も話す必要があります。
僕の場合、最初のカミングアウトでは伝わりやすさや分かりやすさを優先するので、
細かいことまで伝えなかったり、本当に伝えたいことまでは話せなかったりします。
一度で全部言っても、相手にとって情報過多になるだけです。
だから、二回目以降のカミングアウトで、追加の情報を少しずつ伝えていきます。
一回目のカミングアウトが最も緊張するので二回目以降は少し気が楽ですが、
それでも、毎回怖いと感じます。
ノンバイナリーの”分かりづらさ”
僕が自認している「ノンバイナリ―」は特に伝わりづらいと思います。
性自認が「男性」でも「女性」でもないからです。
社会で生きていると、「性別」は2つしかないことにされがちです。
この「性別」という言葉は厄介です。
割り当てられた性/戸籍の性/性自認など、複数の異なる概念が一つの言葉でまとめられている状態になっているからです。
割り当てられた性:生まれたときに医師に判断された性。出生届の戸籍の性。
戸籍の性:ここでは現時点の戸籍の性。性別変更をした場合等は出生届の戸籍の性とは変わっている。
性自認:自認している性。自分の意思で決めているわけではない。
さらにややこしいのは、社会において、
割り当てられた性/戸籍の性/性自認などが、すべて一致すると想定されがちなことです。
だから、性自認が男女どちらでもないと聞いたときに、混乱する人がいるのだと思うのです。
なんで?「性別」は2つしかないでしょう?あなたは女でしょう?って。
僕の場合は、確かに割り当てられた性や戸籍は女性ですが、性自認はそうではありません。
でも、相手が”割り当てられた性=戸籍の性=性自認”であると思っている場合は、上手く伝わりません。
また、男女どちらでもないと伝えているはずなのに、
「男になりたいの?」「結局男女どっちなの?」「なんだかんだ言っても女の子なんでしょ?」
とか言われることもあります。
「男性」「女性」とか、知っているものに当てはめないと理解ができないのだと思います。
だから、ノンバイナリーの僕がカミングアウトをするとき正直一番不安なのは、
言ったあとに相手が拒絶をしないかよりも、まず言っていることの意味が相手に伝わるかどうかです。
どちらでもないと言ったときに、「どちらでもないんだな」と思ってくれるかどうかが、ものすごく大切なのです。
まだ”カミングアウト”が必要な社会
カミングアウトは、してもしなくてもいいものです。
それぞれの個人が、言うか言わないかを選択する権利があります。
ただし、この”選択する権利”とは、
・傷ついたり差別を受けたりするリスクがあるけれどカミングアウトをするか、
・カミングアウトをせずこのまま隠し続けることによって精神的に落ち込んでいくか、
どっちがいいですかみたいなことです。
僕は、すべてのカミングアウトは強制的なものであると感じます。
カミングアウトをしないと自動的にマジョリティだと思われる社会では、
最終的に言うか言わないかの判断を自分の意思でしていたとしても、選んでいるのではなく、選ばされているといえるからです。
「自分は”割り当てられた性と性自認が一致する異性愛者”なんです」って言ってる人、何人見たことあります?相当少ないですよ。
なぜかというと、カミングアウトをしなくていい立場にあるからです。
言うか言わないかを”選択しなくてもいい権利”があるからです。
今の社会でセクシュアリティを隠さざるを得ない人々が、
隠さなくても安心して生きられる可能性を手に入れるには、リスクを冒してカミングアウトをする必要があります。
本当は、セクシュアリティを言っても言わなくても、安心して過ごせる社会であるべきなのです。
まとめ
今回は、僕がカミングアウトをするときに考えることや、カミングアウトについて思っていることを書いてきました。
カミングアウトに関しては、色々な思いやエピソードがあって、ここだけではうまくまとめきれません。
この記事と内容が一部被ったりすると思いますが、そのうちまた、カミングアウトに関するテーマで文章を書くと思います。
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