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自分のことを知り始めた話

価値観・思考

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自分の愚かさに気づいたとき、それを受け入れるのには時間がかかりません?
僕は時間がかかりました。

なんか最近やっと、ああ愚かだなあって、素直に思えるようになってきました。

自分を肯定すること

僕は自己肯定感が低いですが、
それって他人からの否定を受け続けていた経験が大きく影響していると思うんですね。

だから、せめて自分だけは自分のことを肯定してあげたいと思い始めたのが1年くらい前。

そうして必死に自分を肯定しようとしたら、「自分は正しい」みたいな思考になっちゃったのが10ヶ月くらい前。
相手に自分の意見を押し付けがちになって、ぶつかりまくっていました。

「自分で」自分を肯定したいと思ってるのに、
結局は自分の主張を「他人に」認めてもらうことでしか自分を肯定できなくて、だから自分の意見を相手に押し付けようとしていたのです。

でもそんな方法で相手に肯定してもらえるわけがないし、
本当は人を傷つけたいわけじゃないのに、人に嫌な思いをさせる自分が嫌になって、
そんな自分を肯定なんてできるわけがない、自分はなんてダメなんだ、でも間違ったことしてると認めたくない(自分を否定することになるから)、困った、どうしようもない、無理、となっていたのが4ヶ月くらい前。

それから、色んな不満を書き出してみたり、それを見ながら色々考えたり、また人とぶつかってまた困ったりしているうちに、
少し冷静になって、なんとなく、だんだん、少しずつ、ガチガチに固まってしまっていた考えがほぐれてきました。

それで最近やっと、
自分のああいう言動は良くなかったな、愚かだったな、反省して改善しよう、と思えるようになり、
そうやって変化している自分を、ちょっとだけ肯定できそうな気がしています。

自分を変えること

「他人じゃなく自分を変えよう」みたいなやつがありますよね。
僕はその考え方にも、長い間、納得できませんでした。

自分を客観視する

相手の行動を「嫌だなあ」と思ったとき、
①ふと自分にも何か原因があるのではないかと気付いて、
②それを素直に認められれば、
③直そう、変えよう、と思えます。
そのどこかで躓いているときは、「自分を変えよう」には納得できないのです。

僕はけっこう長期間①のあたりで躓いていて、
相手に嫌なことされた、嫌だ!ストレス!と思っていたんですが、

冷静になって、「自分が相手から嫌なことをされたと感じたとき、相手も自分から嫌なことをされたと感じている可能性があるのではないか」と考えるようにしました。

最初のうちは、「違うよ!自分は何もしてないのに、相手が嫌なことしてきたんだもん!」とか言いたくなる自分がいるのですが、
一旦そういう感情を無視して、自分と相手を客観視して、データを集めて研究するんだと思いながら分析すれば、「まあ相手にとっては自分の何かが嫌だったのかもな」と思えるようになっていきます。

どっちが悪いとかじゃなく、何かがすれ違っていて、うまく嚙み合っていなくて、だからお互いに不快なんだろう、という感じに考えが整理されていきます。

相手に嫌な思いをさせてしまったとしても、それは自分がダメな人間であることを示す材料というわけではなく、
そのときの相手に対してその行動は良くなかった、とシンプルに考えればいいのです。
同じように、自分に何か嫌なことをしてきた人も、(悪意がある場合を除いて)別に悪人ってわけじゃないのです。たぶん。

感情は置いておいて、状況を客観視することで、気づくことってあるんだなあと思います。

という感じで①を通過してからは、
瞬時にとはいきませんでしたし、Uターンや寄り道をしそうになりながらも、②③を通り抜けられました。

んで、それらを通過したことは、自分にとって良いことだったなあと思います。
嫌な感情のモヤモヤに巻き込まれて、相手や自分に対して不信感を抱き続けるのではなく、
ちょっと離れたところから「ありゃ、ちょっと良くなかったみたいだなあ」「反省!」「次は気を付けようっと」と思えることが増えた今のほうが、楽になりました。

無意識の行動に気づく

それから、「相手が嫌なことをしてきた」と感じたとき、
じゃあ何で自分はそれを嫌だと感じたのか?を冷静に考えてみるのも良かったです。

結局は、全部自分の思い通りになってほしいだけなんですよね。
その愚かさを受け入れるには時間がかかりますが。

特定の相手と話しているとき、自分は何もした覚えがないのに相手が突然不機嫌になることがたまにあります。
相手からすれば僕が何かしたんでしょうから、こちらとしては、同じことを繰り返さないために、原因の特定と再発防止に努めたいわけです。相手を嫌な気分にしたくはないので。

でも相手に自分の何が悪かったのか聞いても、絶対に教えてくれません。それどころか、聞き出そうとすると、相手はさらに不機嫌になります。
なんで?何が悪かったのか想像することはできるけど、その想像が合っているとは限らないから、きっとまたいつか同じことを繰り返してしまうよ?教えてくれれば、解決できるかもしれないのに。

って最初は思うんですけど、それってよく考えたら、
「相手を嫌な気分にさせるのが嫌」なんじゃなくて、「相手を嫌な気分にさせてしまう自分が嫌い」なだけでは?
再発防止のため、お互いのため、とか言いながら、具体的にどこが悪かったのか言ってくれないと、その後自分で考えすぎてしまって、自分のすべてを否定されているように感じてしまうのがつらいから、聞いているだけでは?邪推してしまう自分が嫌なだけでは?

全く相手のためなんかじゃなく、自分のためなわけです。
自分でも気づかず無意識に、お互いのためという名目で、嫌がる相手を自分の思い通りに誘導しようとしていたわけです。うわ、自分、かなり嫌なことをしていたな。

自分は原因を知って解決したいけれど、
そもそも相手はそういうことをしたくないと思っているわけで、
お互いの考えるゴールが全然違うところにあるのです。

じゃあ、解決するわけがありません。
そうか。これは解決しないものなのか。
解決しないものを、これまで無理に解決しようと動いて、さらに状況を悪化させていたのか。

僕の何が悪かったのか知りたくても、知ることはできないから正直イライラするし、
相手も、きっとまた僕が無意識に同じようなことを繰り返したときに、嫌な思いをするのでしょう。

でも、今のところ、それを防ぐ方法はありません。
だから、それでいいのです。
解決しようとしなくていいのです。

解決しようと躍起にならないことにしよう、と思うのは、自分のため。
結局のところ、僕は愚かなので、相手のために行動するなんて聖人みたいなことはできません。
自分のために、無駄どころか逆効果な努力をして落ち込むのをやめるのです。
自分のために、楽なほうを選ぶのです。
それでいいのです。それが相手にとっても良いのだろうし。

これが「自分を変える」ことなら、「他人じゃなく自分を変えよう」に納得できた気がしました。

そうやって、愚かだ愚かだと笑いながら、なんとか自分にとって良いやり方を探していくのが、自分を知るということなんだと思います。

こういうのって、文字にすると胡散臭い綺麗事っぽさがありますね。

知ること

自分以外の周りのことを知るのも、自分を知ることに役立ちそうです。

僕はノンバイナリーであることによって、これまで色んなところで色んな嫌な思いをしてきました。
その中に、「知らないから悪気無くしてしまう差別(や偏見の押し付け)」があります。

そういう言葉をかけられたとき、
何この人すごく嫌なこと言うじゃん、ひどいなあ、
悪気が無いなら何でも言っていいってもんじゃないだろ、
知識が無いなら知識付けろよ、知ろうとしろよ、と思うのは、被害を受けた側だけです。

加害をした側は、無意識に発した言葉の残酷さを知らずに、気づかずに、そのままです。

もしかして、それ、自分もやっちゃってない?
気づかないうちに、加害をしていることがあるのでは?
ほかのマイノリティに対して。

だって、僕は性的マイノリティに関する知識はそれなりにあるけど、
色んなマイノリティのことを十分に知っているかといったら、そうじゃない。

生活するうえで困ることがたくさんあるんだろう、生きづらさを抱えているんだろう、と思いつつ、
具体的にどういうところで何に困って、その時どういう気持ちになるのか、どれだけ苦しんでいるのか、ちゃんと知らない。
知ってるつもりの部分も、たぶん当事者からしたら薄っぺらい知識なんだと思う。

これまでは、自分が嫌な思いをしたこと、自分が被害を受けたことにばかり目が行ってしまっていて、
自分のつらさ、苦しさ、生きづらさで、ぎゅうぎゅうになっていたけれど、
自分は(自分のことも分かってないけど)自分以外のことを知らないな、と気づきました。

「自分だけがつらいんじゃない」みたいな言葉の意味も、この時やっと分かりました。
みんなそれぞれ生きづらさを抱えているんだよな。

自分は何も知らないと気づいて、
これまで無意識に人を傷つけていたんだろうと知って、
これからも人を傷つけてしまうかもしれないと思って、
その可能性を少しでも低くしたくて、色んな人がいることやその人たちのことを知りたいと感じる。
知れば、自分が何も知らなかったんだということをまた実感する。

こういう事って、自分に余裕がないと考えられない気がします。
気づいたのが先か、自分のことで精いっぱいだった気持ちに余裕ができたのが先か分かりませんが、
どちらにせよ、今は自分のことだけに押しつぶされずに、ある程度の余裕があるんだと思います。

色んなことに気づいて、知って、反省して、必要なところは自分を変えて、
そんな自分を楽しみながら、生きていけたらいいなあと最近は思っています。

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