スポンサーリンク

「LGBT理解増進法」は何が問題なのか?②

LGBTQ

前の記事はこちら↓

前回は、「LGBT理解増進法」成立までの経緯(前半)を書きました。
今回はその続きです。

成立までの経緯(後半)

2021年5月に与野党で同意したはずの法案は国会に提出されず、
その後しばらく、この法案について動きはありませんでした。

それが、2023年(今年)5月になって突然動き出しました。

複数の法案

今年5月に入って、与党である自民党と公明党は、2021年の合意案の「修正案」を国会に提出しました。
それに対し、立憲民主党と共産党と社民党は、2021年の合意案を提出しています。
さらに、日本維新の会と国民民主党が、与党の修正案に変更を加えた案を提出。

法案が3つもある状態です。

そして、この法案の目的がLGBTQの理解増進であるならば、
2021年の合意案に比べて、与党の修正案はその目的から遠ざかっており、日本維新の会・国民民主党の案はさらに遠くなっているような内容といえます。

「再修正案」が可決・成立

その後突然、自民党・公明党・日本維新の会・国民民主党による「再修正案」が国会に提出されました。
それぞれの案を合わせて、さらに変更を加え、もっと”理解増進”から遠ざけたようなものです。

その4つ目の法案が、6月には可決・成立してしまいました。

過去に一度は合意した案ではなく、それよりも後退した内容の法案が次々に現れ、
最終的に最も後退した内容のものに決まってしまったという事です。

2年前、「時間がないから審議できない」みたいな理由をつけて国会提出を見送った割には、
今回はとんでもない速さで、内容を後退させたうえで成立させています。

「LGBT理解増進法」の問題点

成立した「LGBT理解増進法」の内容について特に問題なのは、2年前の「合意案」から変更された部分です。
その中からいくつか挙げていきます。

法案の問題点については、
ライターである松岡宗嗣さんの、Instagramのこちらの投稿が分かりやすいです。
こちらを読めば僕の記事は読まなくていいような気もします。

基本理念

合意案では「差別は許されない」という文言だったところが、
「不当な差別はあってはならない」になりました。

法律の文言としては、そんなに意味の違いは無いらしいんですよ。
でも、これまでの経緯を思い出してください。

2年前に、「差別は許されない」に反発した人たちがいました。
国会に法案が提出されなかったのは、このせいだとしか思えません。
だから文言を変えたのでしょう。

法律的には意味が変わらないとしても、わざわざ文言を変更するのは、変える理由があるからです。
なんとなく、日本語として明確さがない表現になっています。
まるで、「許されない」だと言葉が強すぎるから、「あってはならない」という、責任の所在を曖昧にしてくれそうな表現にしておきましょうね、という意図に思えます。

それから、「不当な」差別って何でしょうか。
不当じゃない差別ってあります?差別はみんな不当でしょ。不当だから差別なんですよ。
”正当な差別”という概念を作り出して、逃げ場を確保したかったのでしょうか。

どれだけ差別を禁止したくないんだろう、と思いました。

学校での教育・啓発について

学校での教育・啓発について、合意案にはなかった文言が追加されました。

簡単に言うと、”学校は、児童生徒にLGBTQことを教えて、理解増進に努めましょうね”と書いてある部分があるのですが、
そこの中に、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」という文言が、するりと入り込んでいるんですよ。

僕は、学校でLGBTQについて子どもたちに教えることはとても重要だと思います。
LGBTQは異常ではないと子どもたちが知ることで、差別やいじめの加害者と被害者が減る可能性があるからです。
それに、当事者の子どもにとって、学校という場所でLGBTQについて教わることは、自分の存在を肯定されていると感じることに繋がると思います。生きていて良いんだと思える救いになるかもしれません。

家庭の環境などによって、
小さいうちからLGBTQのことを知っている子もいれば、そうでない子もいます。
保護者がLGBTQに対して差別的な考えを持っていたり、日常的に差別的に発言をするような家庭もあります。

だからこそ、学校ではすべての子どもに、LGBTQについて教える必要があると思うのです。
そうでないと、差別的な保護者を持つ子どもは、知る機会を奪われてしまいます。

しかし、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」という文言が加えられたことで、
学校でLGBTQについて教える機会が、減ったり無くなったりしてしまう可能性があるのです。

学校側としては、保護者や地域とは上手いこと付き合っていかなくてはなりません。難しい立場です。
保護者がLGBTQについて教えることに強く反対すれば、トラブルを避けるために、教えづらくなるかもしれないという事です。

LGBTQの子どもが、
学校でいじめを受けているとか、
自分には生きる価値がないと感じているとか、
誰にも相談できなくて苦しんでいるとか、
もし保護者にバレたら生活できる場所がなくなるかもしれないから怯えているとか、
近所の人に知られたら瞬く間に噂が広がってしまうのではないかと恐れているとか、
「再修正案」を作った人たちは、そういうことを考えたことは無いんでしょうか。

現状を知らないのなら問題だし、
分かっていてこの文言を追加したのなら、理解増進をしたくないという意志表示だとしか思えません。

民間団体の活動促進について

条ごと削除されているものもあります。

”民間団体の活動が促進されるように、国や地方公共団体はサポートをしましょうね”という条があったんです。

今、色んなNPOや任意団体などが、全国で啓発活動や居場所づくりの活動をしています。
そうした団体の活動が促進されれば、理解増進に繋がるはずです。

わざわざ削除するという事は、理解を増進したくないという事でしょう。
それ以外の捉え方をするのは難しいです。

留意

合意案には無かったのに、新しく増えたものもあります。

「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」という文言です。

一見、みんなが安心なら良いじゃん、と思うかもしれません。

でも、これはもともと何のための法案ですか?LGBTQの理解増進のためだったはずです。
それなら、”LGBTQの人々が”安心して生活できる社会に近づけることが大事です。

これまでに書いてきた、基本理念・学校教育・民間団体の活動に関する内容を踏まえて考えると、
あえて「すべての国民」という文言を使う背景には、
”LGBTQ以外の人々の”安心を守るという意味を含ませる意図があるように感じます。
まるで、LGBTQの存在が多数派を脅かしていることを前提とするような表現です。

「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」という文言は、
「多数派の人々が不安を抱かない程度にしか”理解増進”は出来ませんよ」と解釈できます。

何のための、誰のための法律なのでしょうか。
「理解増進」であったはずが、成立したものは、もはや「理解”抑制”」法であるといえます。

まとめ

「LGBT理解増進法」の問題点についてまとめました。

経緯も含めて問題点が多いし、
2年前も期待させといて落ち込ませたくせに、また同じようなことを繰り返すのかと、
本当に悲しい気持ちになったし、怒りが湧いたし、心底呆れるような気持ちにもなりました。

まあ、LGBTQについて理解をしていない人たちが、LGBTQの人権を踏みにじるような人たちが、
「理解増進」法を作るのに携わっているんだもんね……。

今後も、LGBTQに関して様々な議論が進んだり進まなかったりすると思います。
どうせ、どんなに変わってほしいと願っても、行動しても、たいして変わらないんだろうなという思いも正直あります。
でも、何もしなければ本当に何も変わらなくなってしまうし、今後もっと後退していくかもしれません。

僕に出来ることは、こういう記事を書くこととか、署名に参加することとかです。
一つ一つは小さい動きなのかもしれないけれど、意味がゼロってことは無いので、少しずつですが諦めずに続けていきたいと思います。

そして、僕のこの記事を読んで、
今後ちょっとでもLGBTQを取り巻く問題に目を向けて、小さな行動を積み重ねる人が増えたらいいな、と思っています。

まとまってないけど終わりです。

次の記事はこちら↓

タイトルとURLをコピーしました