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【幼少期~大学時代(ノンバイナリー)】⑧高校生1/2

幼少期~大学時代

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幼少期~大学時代について書くシリーズの第8回です。
高校生の頃の自分についてです。

このシリーズの前回(第7回)の記事↓

高校生になると、性別に対する違和感はだんだん嫌悪感に変わっていく。
自分はおかしいのだと、悲観的にではなく淡々と冷静に考え出し、もはや悩んでいない。
人と関わると疲れるので、関わりたくない。性格が暗い。

人と関わらない学校生活

最初は人と関わろうとしていた

高校生活は、中学とは違い、知らない人や、知ってるけど仲良くはない人だけが周りにいる状態から始まりました。

初期の頃は、友達のような存在を作ろうとしていました。
でも、周りの女子生徒たちの様子を見て、なんだか作りたくないとも思いました。
関わっても、疲れるだけだろうなと思ったからです。周りの子たちが悪いというわけではありません。

僕にとって、人と関わるということは、自分自身に蓋をして周りに合わせるということでした。
ブランド物も恋愛もメイクも芸能人も、僕はよく分からなかったし興味もありませんでしたが、
そういう会話をしている人たちと共に過ごすには、それらに興味があるふりをしたり、とりあえず褒めてみたりと、難しい作業をしなくてはいけないのだろうと思いました。

人と関わらないようにすれば、疲れることはありません。

うまく人と関われなかった

どうしようかなあ。
本当は一人になりたくはない。でも疲れるのも嫌。
迷っているうちに何日も経過し、いつの間にかクラス内にはグループが出来上がっていました。
じゃあ、もうこのままでいいや。

高校生の頃の僕は、本当に人と関わろうとしませんでした。
人と目を合わせないように物理的に斜め下を向いて歩いていたし、必要なこと以外は人と話しませんでした。

正直寂しいとも思ったし、友達は欲しかったです。
時々話しかけてくれる人たちはいました。僕にとっては、優しくていい人たちでした。
でも、力を抜いて話せる人は近くには居ませんでした。

人が苦手になっていた

人が苦手になった理由

僕が人と関わるのが苦手になったのは中学生の頃からだと思いますが、
性別が理由で交友関係が崩れていったことに対する困惑が、一つのきっかけだと思います。

人と関わることは自分を偽ること

社会の中で、「性別」というものが持つ意味はとても大きいように感じます。
特定の個人についての情報として、「人」である次には、もう「性別」が来るくらい。
「男性」「女性」のどちらかに当てはまらないと生きていけないんですよと、社会に言われているようなものです。

自分にとって「男性でも女性でもない」というのは、「右利き」「第一言語が日本語」「ハウスダストアレルギーである」と似ていて(同じではない)、
自分の意思で選択したわけではないし、自覚していない場合もあるけれど、いつの間にか自分を構成する要素になっている当たり前のものです。
だから、自分からそれを取ったら自分ではなくなります。

でも中学生の僕は、周りが当たり前に「男性」「女性」のどちらかでいる中で、僕もどちらかであるかのように振る舞い、自分を偽らなければなりませんでした。
それが、大人に求められている”正しい”ことだと分かっていたからです。

子どもは子どもで、異質なものを排除しようとします。
だから僕は「女性」でいる努力をしました。
具体的にどういう行動をするのが「女性」なのかは分からず、周りを観察して同じことをするよう努めました。それでも「性別」や「女性」について理解は出来ませんでした。

人との関わり方が分からなくなった

そうしているうちに、人との関わり方がよく分からなくなっていきました。
「性別」への違和感は、いつの間にか「人」に対する苦手意識も生んでいました。

だから、高校生のときに人と関わろうとしなかったのは、
周りの女子生徒に馴染むのが大変そうだから、という「性別」寄りの理由と、
知らない人ばかりで関わり方が分からなかったから、という「人」寄りの理由があったと思います。

つづく

次回は、高校生の頃の話の続きです。

つづきはこちら↓

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