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【幼少期~大学時代(ノンバイナリー)】④小学生2/3

幼少期~大学時代

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幼少期~大学時代について書くシリーズの第4回です。
前回に引き続き、小学生の頃の話です。

授業で使う裁縫セットを選ぶ

低学年の頃のことは、性別に関しては正直あまり覚えていません。
たぶん、保育園の頃と同じようなことを考えながらいたんだと思います。

なんとなく考えることが変わっていったのは、3~4年生ごろからです。

好きなものは女の子用ではなかった

4年生くらいのとき、家庭科の授業に使う裁縫セットを買うことになりました。全員にカタログが配られて、買うものを一つずつ選びます。
その時先生は、「好きなものを選んでね」と言いました。

だから僕は、言われた通りに自分が欲しいものを選ぼうとしました。
カタログでは、男の子用の商品と女の子用の商品でページが分けられていたけど、そんなの関係ありません。だって、好きなものを選ぶべきなんだから。

僕がこのデザインにしようかなと思った商品は、男の子用のページに載っていました。

周りは女の子用から選んでいる

でも、周りにいた女の子とされている子たちは、どうやらみんな女の子用から選んでいるようです。男の子用のページなんか開きもせずに。
僕はそこで、自分が周りと違うことをしようとしていると気づきました。

学校では、みんなと同じようにするのが正しいとされることが多いので、同じでないと、自分が間違っているのではないかと不安になります。

ひとまず僕は、周りの子たちの様子を観察し続けることにしました。
そして、性別に対する認識が、周りと違うかもしれないことに気づき始めたのです。

周りは性別を疑問に思っていないのかも

それまでは、周りのみんなも自分と同じように、性別に関する色んなことに関して不思議に感じているんだろうなと思っていました。
大人の言うことは聞きなさいって言われるから、みんなそれに従っているけど、そこに本人の意思や意見はなくて、なんとなく不安定な感じというか、うっすらとしたモヤモヤ感のなかにいるんだと思っていました。

みんな、自分が女の子って言われてもピンと来ていないし、女の子らしくしなさいと言われたら、よく分からないけど言われた通りにしよう、と動いているんだと思っていました。

だから、周りの子たちが「この柄可愛い」とか「こっちもいいなー」とか言っている姿を見て、こんなに感情を込められるなんて、演技うまくてすごいなあと最初は思っていました。

でも、だんだんみんなの様子を見ているうちに、これは本心で言っているのかも……とも思うようになります。
だって、少なくとも目の前の数人は、全員女の子用のページしか開かないし、自分が女の子であることに何の疑問も持っていないかのように見える。
”女の子らしい”とされがちなデザインの商品に対して、好きという気持ちを前面に出した表情と話し方をしている。こんなの演技でできるレベルじゃないのでは?

周りの子たちは、性別という概念そのものや、性別によって持ち物や振る舞いを制限されることを不思議に思っていないのかもしれない、と考え始めました。
みんな何の疑問も持たずに受け入れてるの?変なの。

「好きなもの」は言葉通りの意味ではなかった

それから、「好きなものを選んでね」と言った先生の言葉は、言葉通り受け取ってはいけない、ということにも気づきました。

だって、その言葉は、「好きなものを選んでね」ではなく「”自分が割り当てられている性別用のものから”好きなものを選んでね」という意味だったから。

自分の性別?

自分が割り当てられている性別用のものから選ぶ。

僕が女の子だとされていることは分かる。でもなぜ女の子用・男の子用が存在するのか分からない。身体の構造が違うのは分かるけど、持ち物の色や柄まで分けられることの意味が分からない。

でも、きっと、僕は女の子用のものを持つべきなのです。先生はそう言いたいのです。

好きなもの?

好きなものを選ぶ。

女の子用の中には、僕が好きなものはありませんでした。
でも、きっと、僕は女の子用のものを好きであるべきなのです。好きでなければいけないのです。

好きにならなければいけないし、好きでなくても好きなふりをしなくてはいけない。
そういう意味だと思いました。

分からなかったことと分かったこと

これまで教わったこととの矛盾に混乱した

言葉通りじゃないじゃん。
大人は、言われた通りにしなさいって教えるくせに、言われた通りじゃダメってこと?
言葉の裏に隠された意味を読み取って理解しないといけないってこと?

それならそう教えてよ。そんなこと教わった記憶ないよ。
なんでみんな分かるの?

周りが性別のことをどう認識しているのか分からない

もしかしたら、僕がずっとピンと来なくて不思議だと感じていた性別のことは、
もうずっと前からみんなの中では暗黙の了解のような、言わなくても分かる当然の前提のようなものだったのかもしれない。

いや、そうとも限らない。
みんなも僕と同じように性別にピンと来ていないけれど、みんなは僕よりずっと理解力があって、僕がようやく今理解したことを前から分かっていて、違和感も疑問も不満も飲み込んで振る舞っているのかもしれない。

好きじゃないものを好きだと思い込む訓練によって、本当に好きだと感じるようになってしまったのかもしれない。
好きじゃなくても、演技で好きなふりをしているのかもしれない。
あんなに演技がうまいのは、これまで何度も繰り返して、嘘だと見抜けないくらい上手になったのかもしれない。

自分のするべき行動は分かった

自分がみんなと違うことに気づきたくなかっただけかもしれませんが、
この頃は、みんなが本心で”女の子らしい”ものを好きだと言っているのか、さも本心かのように話す技術を持っているのか、はっきりとは分からずにいました。

でも、それから、”女の子”である自分にはどういう行動が求められているのか、少し分かったような気がしました。
だから、女の子用の中から、一番マシなものを選びました。このデザイン、かっこわるくて気に入らないなあと思いながら。

つづく

今回のエピソード以外にも、性別がよく分からないと感じるポイントがいくつかありました。
次回はそれを書いています。

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