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女って言わないでねと相手に伝えていても、何度も言われてしまうのが嫌だという話です。
言葉の重み
言葉
親に「娘」って言われるのが嫌でしょうがない。
もちろん、外で子どもを話題にするときにアウティングしろとは言わない。
役所とかで、必要があるなら「娘」と言うしかないのもよく分かっている。
アウティング:他人のセクシュアリティを許可なくバラすこと。
セクシュアリティ:性的指向とか性自認とか。僕の場合はノンバイナリー(性自認が男でも女でもないみたいな感じ)ってこと。
でも家にいて2人だけで話しているときに目の前で娘だとか口走られると、
怒りのような悲しみのような諦めのような、よく分からない感情でいっぱいになる。
感情
言われた瞬間に、それまでくだらない話で盛り上がっていた心がしぼんでいく。
しかも「娘」って言葉を使ったことに本人が気づいていない。
いろんなものを押し殺して、できる限り優しい口調で「言わないで」と言ったら、
「え?言ってた?ごめん」みたいに軽く流された。
軽くというのは主観だが、
少なくとも自分には、他人の傷口を抉っていることを理解していないような、軽い謝罪に聞こえた。
せめて気づいてくれ。
ってこっちは思ってしまう。
すぐ気づいて、すぐ謝ってくれたら、
こっちも少しは気持ちが楽になるはずなのに。
伝えることの難しさ
痛み
分かってるよ、あなたにとってはどうでもいいことだって。
でもね、私にとってはとても大事なことなんですよ。
これまで何度も大事なんだって伝えてるつもりなのに、
向こうはそれを踏みにじっていることに気づいていない。
強い痛みを感じるのはこっちだけ。
不公平だ。
説明
向こうは「娘」だと思って僕を育ててきたことは知ってますよ。
だから、ずっとその感覚が抜けないのも分かりますよ。
女性と断定する言葉で自分を表されるのが、
自分が大事にしていることを軽視されているようでとても嫌だって伝える努力が足りないのかもしれないし、
相手にわかるように説明できてないのかもしれない。
かもっていうか、そうなんでしょう。
実際に伝わっていないわけだし、
もともと自分の気持ちの言語化は下手だし、
伝えるために必要な精神的余裕を持っていることも少ない。
だから伝える回数も、内容も、足りないんだろう。
後悔
でも、最初に言ったの、もう10年近く前なんだよなあ。
これまでに何度も何度も、「娘」とか「女の子」とか、
僕にとっては暴力的な言葉を投げつけてきて、
そのたびに、態度や言葉で嫌だと伝えているつもりなんだけど、
伝わっていない。
親といえど所詮他人なので、当たり前と言えば当たり前だが、
すごく残念な気持ちになる。
この親なら分かってくれるかもという期待と甘えと依存のような感情が、
自分自身にあるのも自覚している。
自分がその感情を捨てきれないように、
親も子どもを娘だと思う感覚を捨てられないのだろう。
精神を削って伝えてるつもりなのに何度も何度も傷つけられるのなら、
最初っから言わない方が楽だったなと思う。
気にしないスキル
可能性
いちいち傷つくのが嫌なら気にしなければいいじゃないって、
性自認のマリーアントワネットみたいなことを自分で思ったりもする。
できるもんならやってんのよ。
できる人もたしかにいる。
でも、できねーからこんなに悩んでんのよ。
防御
かなり高度なスキルだと思うけど、
自分にとって大切なものを蹴飛ばされても、
いつか「気にしない」をできるようになったらいい。
うわー、何回言っても伝わんねえじゃん、と笑い飛ばして、
じゃあもういいや、諦めよー無理無理、ってすっぱりカラッとサクッと、
別個体だから当たり前だ―とか言いながら、
明るく自分の心を防御できたらいい。
まあ、あんまり急いでも疲れてしまうだけだろうから、
ちょっとずつ、上手いことやり方を見つけていけたらいいと思う。
