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期限切れのものって、安心して食べられるんですよね。
何を言っているのかという感じですが。
安心の理由
ルール1
うちでは、自分を含めた家族たちが複数人で暮らしている。
基本的には名前が書いてないものは誰でも食べていいことになっているが、
プリン1個とか、高そうなカップ麺とか、一人で食べる用に買っているっぽいのに、名前が書いてないものがある。
色んな美味しそうなものを1個ずつ何種類も買って、みんなどうぞってすることもある。
でも、その場合は「お好きにどうぞ」と書く人もいる。
だから、何も書いていないと、
うっかり名前を書くのを忘れているのか、
誰でも食べていいものとして置いているのかも、よく分からない。
誰が買ったか分からないものを全員に確認して回るのは面倒だし、
それに、ルール上は、名前がないのだから誰が食べても文句は言われないはずだ。
しかし、名前を書き忘れているだけのを食べてしまって、
悪いことはしていないのになんか悪いことをした気になるのは嫌だ。
そうやって皆、よく分からないものは放置しておく。
ルールの意味がない。
ルール2
うちにはもう一つルールがある。
それは、名前が書いていないものは、期限が切れていたら早い者勝ちで食べていいというものだ。
先述の「名前が書いてないけど誰かものっぽいような、よく分からないもの」が存在することが前提のルールである。
賞味期限や消費期限という分かりやすいものは、とても良い指標になる。
期限が切れた次の日、それまで「美味しそうだなあ、食べちゃいたいなあ」と思っていたプリンを、意気揚々といただいたりする。
期限が切れているからこそ、安心して食べられるのだ。
「誰かが食べようとして買ったのだと困るなぁ」とか心配せず、「だって期限切れてたから」と言って、堂々と食べる。
誰にも文句を言う権利はない。
それに、期限切れのものをだらだらと放置しておくと、
忘れられて、いつしか冷蔵庫の奥の隅とかに追いやられて、気づいたときには腐っている。
しかも大抵の場合、腐っていることに気づいて捨てるのは、買ってきた人ではない。
買った人がその食べ物の存在を忘れているから、腐るまで放置されるのである。
だから、そんな悲劇が起きないように、期限に気づいた人が食べてあげるのが正解なのだ。
と言いつつ、うちの戸棚には、期限が2〜3年切れた缶詰がたくさんある。
なんか、缶詰は、いつまでも平気な気がしてしまう。
シュレーディンガーの缶詰。
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