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クリスマスに思い出すこと

生活

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もうすぐクリスマスですね。
世間はハロウィンが終わった瞬間からクリスマスの雰囲気になっているので、12月25日が近づいても大して実感はありません。

でもそろそろ本当にクリスマスが近づいてきました。

今回はサンタについての思い出を書こうと思います。

サンタとプレゼント

サンタのプレゼント選び

小さい頃うちに来ていたサンタは、毎年新品のプレゼントをくれました。
でも、欲しいものは絶対にくれませんでした。
というよりサンタは多分子どもの願いを聞く前にプレゼントを決めていました。

毎年毎年、うちに来るサンタは本をくれるのです。

大人になってから考えると本を選ぶ気持ちも分かります。
本を読むことって大事だし。
予算の関係もあるだろうし。

でも子どもの頃は、特に本当にサンタを信じていた時期は、
いくら具体的なおもちゃを頼んでも絶っっっ対にそれをくれないサンタに、毎年期待を裏切られていました。

もしかしたら今年こそは欲しいものをくれるかな、くれたらいいな、とか思いながら寝て、クリスマスの朝起きると、どうみても本が包まれている。
プレゼントくれるのは嬉しいけど、欲しいものをくれるわけじゃないし、でも貰った本は読んでみるといい本だったりする。
どんな気持ちになればいいのか分かりませんでした。

サンタを疑い始める

いつからか、幼い僕は、サンタはこちらの希望を聞いてくれるわけではないことを悟りました。
学校では「サンタは実は親なんじゃないか」という噂が流れ始めたころでした。

ところで「クリスマスプレゼント貰った?」みたいなことを学校とかで話すのって、けっこう残酷ですよね。おうちの事情は人によって色々なので。
無知と無邪気は悪意のない残酷性につながるので怖いですね。

話を戻すと、僕はサンタの存在を疑い始めました。

そもそも、一晩で世界中にプレゼントを配るなんて大変すぎやしないだろうか。
時差があるにしても、一日で可能な量ではない。
何人かのサンタが手分けをして配ることならできるかもしれないが、そんな話は聞いたことがない。
それに、配るプレゼントは一体どこに保管しているんだろう。
やっぱりサンタは存在しないんじゃないだろうか。
でも、だったらどうしてこんなにたくさんの子どもがサンタを信じているんだろう。
不思議にもほどがある。

サンタとその正体

プレゼントを置くサンタ

そしてある年、その瞬間は訪れました。

その夜たまたま目が覚めた僕は、寝室に入ってくる人影を見ました。
直観的に、起きていることに気づかれてはいけないと思い、目を閉じて様子をうかがいます。
するとその人影は、僕の枕元に近づいてきます。

僕は思いました。
これ、親だよな?
サンタは部屋のドアじゃなくて窓から入ってくるだろ。

やっぱりサンタはいないのか。
毎年プレゼントを選んでいるのは親なんじゃないか。
親がサンタのふりをしていたんだ。

でも、だとしたら、どうして、
「今年は欲しいもの貰えるかなあ」とワクワクしながら言う子どもに対して、「そうだねえ、くれるといいねえ」と、まるで自分たちには干渉できない事であるかのように答えていたんだろう。
ずっと嘘をつかれていたんだろうか。

もしかして、親は子どもに対して「サンタはいない」と言ってはいけない決まりでもあるんだろうか。
それなら、多くの子どもがサンタを信じていることの説明がつく。
でもそんなことして何になるんだ?

あ、サンタが選んだプレゼントを、親が委託を受けて子どもに渡してんのかな?
そうかも。
それならサンタが一晩で世界を回らなくて済む。
ずっと前からプレゼントは準備されていて、12月になってから子どもが何を望んだところで遅いんだ。
だけど、欲しいプレゼントを貰える人がいるのは何故なんだ?

僕がそんなことを考えている間に、人影はプレゼントを置いて静かに去っていきました。
薄目を開けてシルエットを確認したとき、僕はそれが親であることを確信しました。

サンタの存在

それから数年間、僕はサンタの正体を見極めるべく、
クリスマスが近づくとわざとサンタの話題を振って、親を困らせたりしていました。

そして色々考えて、どうもサンタはいないようだという結論に落ち着きました。

おわりに

というエピソードを、僕はクリスマスが近づくとよく思い出します。

その後しばらくして、「グリーンランド国際サンタクロース協会」の公認サンタクロースは実在するという事を知りました。
やっぱサンタいるんじゃん。

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